政府がインバウンド(外国人旅行者)再開を打ち出す中、どうやったら沖縄県民の不安に配慮しながら受け入れられるのか、準備が始まっています。 旅行に来る人は、そして受け入れる行政や事業者、医療者はどんな体制をを作っておくべきか。 沖縄県立中部病院感染症内科の医師で沖縄県の政策参与を務める高山義浩さんに聞きました。 沖縄は、中国のようにゼロコロナを目指しているわけではありません。ですから、県民であれ、外国人であれ、陽性なら即隔離ということはありません。ただ、周囲に感染を広げないようホテルからの外出を自粛していただくなど、感染対策への協力をお願いしています。 悩ましいのは、濃厚接触者の扱いですね。つまり、お父さんが旅行中にコロナ陽性を確認したとします。一緒に旅行している子どもたちに、部屋から出るな、ビーチにも行くなと言えるのか、ということです。 私は、集団アクティビティへの参加、水族館など人混みなどは避けていただきつつも、家族でビーチを楽しむことは構わないと思います。 ただ、こうしたルールが明示されていないことが問題です。 ——国際便だとマスクをしない乗客も多く、機内で感染してくる人もいると言われています。また着いた時の検査でもすり抜ける可能性がありますね。沖縄に入る入り口のところではどう対応すべきだと思いますか? 2020年3月に関西地方から那覇に向かう飛行機に感染者がいたことが分かりました。当時はまだコロナが珍しかったので、那覇市保健所が徹底した疫学調査を実施しています。 乗員乗客145人のうち連絡がとれた125人について追跡したところ、14人の確定症例と6人の可能性例が特定されました。本人がマスクを着用していなかったこともあると思いますが、かなり離れた席の人にまで感染が拡がっていました。 この事例もあって、私たちは「沖縄に旅行に来る方は、出発前に検査陰性を確認してください」というメッセージを出しています。沖縄の弱点ですが、本土から2時間以上のフライトで、ある程度、感染者が増えて到着している可能性があります。 「那覇空港で到着客にPCR検査を徹底すれば、沖縄はゼロコロナになる」と主張する人たちがいて、いまも根強い声があるのですが、こうしたエビデンスが伝わっていないんだと思います。 余談ですが、那覇港に寄港する貨物船や漁船の乗員からも多数の感染者が見つかっています。米国本土と往来のある米軍基地では、いつも流行しています。社会経済や安全保障を止めない限り、水際対策でゼロコロナは達成できません。観光だけの問題ではないのです。
発症後の対策 旅行の持ち物リストに抗原検査キットを
——沖縄に着いてから発症した人に関しては、どういう仕組みを作っておけばいいと思いますか? 一般県民と一緒です。症状があるなら外出せず、ホテルの部屋で安静にしていてください。コロナであれ、インフルエンザであれ、ノロであれ、これが基本です。 ご自身が高齢者や持病があるなど重症化リスクの高い人であったり、同行者に高齢者がいたりなどで、コロナかどうかを調べたいのであれば、すぐに救急外来を受診するのではなく、まず自分で抗原検査キットを使って調べてください。 そのためにも、ハイリスクの方々は抗原検査キットを持参してください。沖縄旅行に限らず、海外旅行も含めて、抗原検査キットは「旅行に持っていくものリスト」に入れたほうがいいと思います。検査だけを目的にして、現地の医療を利用しないことです。 もちろん、状態が悪いと感じた時には、ためらうことなく救急受診いただいて構いません。陽性だった場合には、自己隔離をして周囲に感染を広げないよう、旅行を中断してください。 宿泊中のホテルでの延泊が難しい場合には療養ホテルを準備していますから、陽性者として登録した後に県の窓口を通じて要望してください。 最近は、コロナ感染後に体調を崩される方の多くが、持病のある方などです。かかりつけ医の先生と連絡を取り合い、可能であればオンラインで診ていただいて、処方箋なども受け取れるようになると良いと思います。 ホテル側も、軽症の観光客に対して地元の救急外来や離島診療所を案内するばかりでなく、オンライン診療の窓口を把握しておくなど、負担軽減に協力いただければと思います。 ——オンライン診療のサービスはホテルが準備しておくべきなのでしょうか?それとも旅行業者が準備しておくものなのでしょうか? 観光業界と沖縄県医師会がよく相談して、観光客に対する医療提供体制を検討する必要があります。もちろん、観光を主要産業のひとつと位置付けている以上は、それを支えるインフラ整備は県の役割です。 沖縄県には今、「旅行者専用相談センター沖縄(TACO)」という旅行者専用の発熱相談窓口があります。そこに電話で相談すると、疑問に答えてくれて、受診や療養の方法をアドバイスしてくれます。これが整備されたのは、本当に良かった。ただ、ここはいまだ受診先案内に終始しています。 こうした窓口が、積極的にオンライン診療へと誘導してくれるといいですよね。小規模離島など医療過疎地へと観光客が集まる沖縄県だからこそ、医療のDX化(ITを導入して、生活をより良いものに変化させること)を県主導で推し進め、そこに観光事業者がしっかりついてくるべきだと思います。
医療通訳の対応は?
——外国人の場合は、医療通訳が相談窓口で対応できるといいわけですね。 今はまだインバウンドが活性化していないので、TACOは多言語化はできていません。インバウンドが再開すれば当然多言語化していく必要があります。 その後は、それこそオンライン診療の出番です。 多言語対応の診療所を県内各地に準備することは現実的ではありません。英語はもちろん、中国語や韓国語など、海外からの観光客の医療ニーズに「ホテルにいながら」即応できる体制を構築しておかなければなりません。 ただし、オンライン診療は軽症者までです。かつてのように、年間300万人の外国人観光客が戻ってきたとしたら、おそらく数十人の入院患者が発生します。 このとき医療通訳の確保が課題となります。よく、電話通訳の体制を整えれば、多言語対応と勘違いしている人がいますが、医療通訳には、医師と患者のコミュニケーションを容易にするという目的を超えた役割があります。 日本では当たり前の入院生活であっても、外国人は戸惑うことが少なくありません。そのあたりの支援まで見越した、インバウンドの医療体制整備に展開できるか——。これは今後の大きな課題です。
「沖縄ルール」を観光客にも守ってもらうのが、今後の観光スタイル
——海外ではマスクを日常的に着けない国も増えています。沖縄ではマスクを着けるように外国人の人にも求めていくのでしょうか? 当面、屋内環境においてはマスクをつけてください、と呼びかけることになります。論理的に説明しながらメッセージを出すことが必要です。沖縄県は小さな島であり、医療資源も限られているので、しばしば医療逼迫を起こします。 たとえば、ガラパゴス諸島は自然環境を守るために特別ルールを厳格に観光客に求め、観光客もそれに協力するのが当然になっていますね。 オーバーツーリズム(観光客の過剰な増加が観光地に負の影響をもたらすこと)に対処するため、観光客に一定のルールを課す観光地は増えてきています。 沖縄もまた、小さな島々から成り立ちます。 自然と文化を保護し、医療体制を維持させるため、東京やソウル、上海とは異なる一段上のルールを求めることが考えられます。 地元のルールを守ることによって、地元に迷惑をかけない観光をする。それは、今後の観光スタイルとして求められるものだと思います。 行政と観光事業者、そして何より住民が話し合って決めることでしょうね。また、医療体制の維持に関しては、県医師会など地域医療の担い手とも話し合う必要があります。 ——国によってコロナ対策の考え方は異なると思いますが、海外から来た人が「そのルールは強制ではないはずだ」と抵抗したらどうしたらいいと思いますか? 本気でやるなら、県が条例を制定するという方法もあります。 ただ、これまで日本の感染対策は「強制」ではなく、「協力」に近いルールとして守られてきました。条例を制定すれば、県民にも「強制」することになりかねません。やはり、ルールを示して協力していただくものだと思います。 罰則はないし、それに違反したからといって罰金があるわけではないですが、例えば、鹿児島の屋久島で登山したら携帯トイレに用を足さなければいけない決まりは、屋久島観光における基本ルールです。定着しているし、観光客は守っています。その感覚です。 屋久島の携帯トイレに観光客が協力するのは、そのマナーに十分な合理性があるからです。しかるに、日本のコロナ対策は珍妙なものが多々ありますね。同行する旅行者で部屋は一緒なのにアクリル板を隔てて食事をさせたり、ビュッフェで手袋をつけさせたり…。 理屈の通らないことを求めていると、対策全体への信頼性が失われて、協力が得られなくなります。これは観光に限らずですね。
観光客だけでなく、県民にもなぜルールを伝えるべきなのか?
——どうしたらそうした「沖縄ルール」が定着するでしょう? そうした合理的なルールについては、観光客に明確に伝えるだけではなく、県民も理解していただくことが必要です。 観光客をおもてなしはしますが、だからといって地元のルールを守らないで良いわけではありません。これからの観光では、「Traveler’s responsibility(旅行者の責任)」をしっかり果たすことが求められます。 一部の観光事業者からは嫌がられてますが、沖縄県は、観光客に責任感をもって訪れるよう求めるべきだと私は思います。そして、「守らない人は来ないでください」という強いメッセージを出すべきです。 そして、その「観光客に求める責任」とは何かを、もっと県内で議論すべきでしょう。そうした議論が不十分なので、「観光客のマナーがなってない」というか、フワッとした批判が出てしまうのです。 例を挙げると、「観光客が国際通りでマスクをつけずに歩いている」という批判がよくあります。私は、よほどの人混みでなければ、野外でのマスク着用は不要だと考えています。あるいは同一グループであれば、もはや一緒に宿泊し食事も一緒でしょうから、集団で歩いている時にマスクは不要でしょう。 このあたり、どこまで観光客に求めるのか、あるいは県民も守っているのか、ルールを明確化しておかないとフラストレーションが溜まります。それはお互いにとって不幸なことです。ルールの共有ができていないから起きることです。
事前に準備しておくべきこと ワクチン接種の徹底
——万が一、旅行者が発症したとしても、現地で重症化せず、感染を広げないように事前に準備しておくべきこととして、ワクチン接種の徹底をおっしゃっていますね。 はい、沖縄県に来られる方は、できるだけコロナワクチンを最新の状態にしておいてください。もちろん強制ではありませんが、とくに高齢者はコロナを発症すると、重症化して現地の医療資源をかなり使ってしまう可能性があります。 沖縄を守るためだけではなく、その観光客を守るためでもあります。残念ながら、沖縄に着くまでの飛行機の中で感染する可能性もあります。 ワクチン接種は旅行医学の基本です。旅先で病気になって、予定を台無しにするリスクを減らすためにも、今ならコロナワクチン接種は当然のことです。加えて、インフルエンザシーズンなら、インフルエンザのワクチンも接種してから旅行しましょう。 ——受け入れる現地の人も観光客が外からたくさん来る前に、ワクチンを接種しておいた方がいいですね。 それは観光客が来るから、というわけではなく、もともと接種しておいた方がいいからですね。 特に県が接種を呼び掛けているのは、お盆や正月に可愛い孫たちが遊びに来る時です。帰省する家族に事前にワクチンを接種するよう求めると同時に、おじい、おばあにもワクチンをうってから帰省を受け入れた方がいいと伝えています。 ——「正月は親族交流フェスティバル」とおっしゃっていますが、第8波に向けてその伝統のあり方を見直すことも必要でしょうか? 親族の交流は、とくに沖縄では大切にされてきました。文化的な個人行事について、行政による介入は最小限にすべきです。 ただし、そこにあるリスクと回避する方法について、分かりやすく県民に伝えるのが行政や専門家の役割です。ただ、残念ながらその危機感は共有されておらず、お盆やお正月のあとに高齢者の感染が増えることが繰り返されています。 来県する人迎える人双方がワクチン接種を最新の状態にしておくほか、帰省する前の2週間は「おじい、おばあに会いに行くから」と友人との会食を控えるなど、感染しないようにする心がけが定着するといいなと思います。 ——沖縄でワクチン接種率が低いのはなぜなのでしょう? 残念ながら、もともと沖縄県はワクチン接種が遅れがちです。たとえば、麻疹ワクチンも接種率は全国最低です。行政側の努力不足、特に県と市町村との連携に課題があることは否めません。 公共交通機関が発達していないことも要因としてあります。車を持っていない人は、誰かに連れてってもらう必要があります。高齢者は独居が多く、接種に行きたくても行けなかったりします。バスはあるにはありますが、暑さもあって沖縄の人は歩きたがりません。 全国で最も貧困率が高いこともあって、リスクに備えるよりも目の前の生活を優先せざるを得ないこともあります。非正規雇用も多く、接種する日や接種後の副反応で仕事を休むと日当を失ってしまうので、ぎりぎりで生活している人はうてないでいます。 さらに、沖縄は流行が広がったので、若年層には既感染者が多く、あるいは感染したと信じている人が多いです。彼らは、「症状が大したことなかったし、もう接種なくていい」と思っている節があります。 ——その人たちも含めて8波の流行に向けてうってほしいわけですね。 いずれコロナワクチンはハイリスク者の定期接種に落ち着くと思います。 しかし、インフルエンザを凌駕する規模で感染が拡大し、医療ひっ迫が起きてしまう現状では、感染拡大を抑止するためにも活動的な世代には接種に協力いただきたいと思います。
外国人観光客が医療費を支払えなかったら?
——海外からの旅行者で医療費が支払えない人に対してどうするかというのも大きな問題ですね。善意で患者を診た医療機関が、未収金で苦しむことがあってはならないわけですね。 沖縄に限らず、日本観光ビザの発給にあたり、海外旅行保険加入を要件にすべきです。これに尽きます。さらに、ビザ取得が免除されている旅行者に対しても加入を勧奨すること。これも国がはっきり宣言すべきです。 コロナ発生前には、年間300万人もの観光客が海外から来ていました。そのうちの何人かは、残念ながらICU(集中治療室)に入ったり、死亡したりしています。海の事故に巻き込まれる方もいます。海外旅行保険に入っていても、上限をオーバーして、その高額な医療費が払えなくなる人もいます。 実は、日本には、明治時代に制定された「行旅病人及行旅死亡人取扱法」という法律があります。旅行者が病気で倒れたときの医療費や埋葬費が回収できないときは、地方行政が負担するとしているもので、いまも生きている法律です。 ところが、沖縄県を含めて、ほとんどの自治体はこれを運用せず、病院に負担させています。この法律に基づいて、外国人患者の医療費の未収金が医療機関で出た場合には、補てんする体制を再構築することが必要です。
沖縄独自のインバウンド追跡事業を
——これから対策を試み始めるわけですが、とんでもない変異株が現れたらまた引き締めるなど、状況に応じて見直しながら進めるのですね。 率直に言って、締める、戻る、というのは、国レベルでやることです。沖縄県として、一度入国してしまった外国人を那覇空港から入らないようにすることは無理です。国際クルーズを止めることは、港湾管理に関することなので県の権限でできますけれど。 この秋、インバウンドが拡充されるなかで、どういうストレスが医療機関にかかるのかをきちんと見ることが必要です。 ハイリスク者以外の発生届は出されなくなり、陽性者で公費で受診したい人や、療養ホテルを利用したい人は、健康フォローアップセンターに登録しなければなりません。 ところが、沖縄県では、健康フォローアップセンターは多言語化できていません。 インバウンドの観光客だけでなく、留学生、技能実習生など在留外国人など、医療アクセスに混乱が生じる恐れがあります。 こうした外国人医療の問題については、国とは別の仕組みを回してでも、きちんと対応していかなければなりません。そして、インバウンドが少数であるうちに、どのような課題が生じるのか追跡し、把握しておくべきです。 ——国とは違う枠組みでデータを集めて検証するのですね。 そうです。これまでも地方版のGoToトラベルで旅行した人に、沖縄県はアンケートを配布するなどして、どれくらい感染者がいたのか、どのような困ったことが生じたのか追跡調査をしています。とにかく、やりっぱなしにしないことです。 ——コロナの流行も3年近くなり、出口戦略が動いている中で、今回の沖縄のインバウンド再開の対策を検証する事業は、今後の日本の観光事業のあり方を占う上でも重要なものとなるでしょうか? そうですね。これをコロナに限定せず、旅行者の健康問題という枠組みで捉えていくことが必要だと思います。観光客からインフルエンザも出るでしょうし、心筋梗塞も出るでしょう。 どれぐらいインパクトがあるのか、ちゃんと調べたデータが国内にはないようです。観光立国として日本は頑張っていくと言っているわけですから、きちんと評価をし、対策し、医療費の問題も対処しなければ、地域医療との連携は取れないのではないかと思います。
医療現場や地域住民の思いにも配慮を
——沖縄からするとインバウンドや国内旅行者が増えるのは歓迎でしょうが、コロナが流行している時に旅行者の陽性者も増えると負担が重くなりますね。 正直なところ、コロナ診療で疲弊しているときに、観光客の診療が負荷されると、精神的にやられるんですよ。 私たちは普段、ほとんど観光なんて無縁のような、地元のお年寄りを診ています。そこへ、リッチな観光客がやってきて、「風邪ひいたから検査しろ。薬を出せ」と言われると、なんだか格差のようなものを実感するんですよ。 しかも、「東京の病院だったらこうだ」とか、いろいろ説教されるんです。私も救急外来で、「日本では通用しないよ。あんたたち」と面と向かって言われたことがあります。 中国からの観光客に、母国の主治医からのメールを見せられて、「ちゃんと診断してもらったから、ここにある薬をお前は出せばいいんだ。小さな島の医者に分かるはずない」と言われたこともありました。 地域住民についてもこれは同様です。なぜ、流行が大きく広がるたびに観光客に対する批判が起きるのか。住民の誰もが観光の恩恵を受けているわけではなないし、むしろ格差を見せつけられているような気持ちになることがあるからだと私は思います。 少なくとも、観光客にはマナーを守ってほしいし、私たちの暮らしを脅かさないでほしい。環境を壊さないでほしいと皆が思っています。そういう不安を抱えながら観光振興が進められてきた歴史的な経緯のなか、コロナの問題が持ち上がっています。 基地問題でもそうですが、沖縄の人は、本土の人たちから「お前ら結局、観光に依存しているんだろ。俺たちは客だぞ。つべこべ言うな」という目線を感じることがあるんです。 「穏やかで静かな沖縄を大切にして、子どもたちに守り継ぎたい」という沖縄の人の思いを、本土や海外から来る人は尊重してほしいと思います。 (終わり) 著書に『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。